大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島家庭裁判所 昭和36年(家)479号 審判

申立人 竹田福善(仮名) 外一名

相手方 竹田国光(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立の要旨は、申立人等は相手方とともに亡竹田種造の相続人であって、他の相続人等とともに昭和三三年二月二八日当庁において遺産分割の調停が成立したが、その際別紙目録記載の財産が遺産から脱落していたからその分割を求める、というにあって、本件については調停が進められたが不成立に終ったため審判に移行したものである。

ところで、さきに成立した遺産分割の調停調書をみるとそこには不動産以外の財産の処理についての記載がなく、又申立人等主張の不動産持分の表示がなく、ただ第三項に「遺産」という包括的な文字が使用されているのみであって、果して脱落したものであるかどうか調書上不明確のそしりを免れない。しかしながら、調停調書の解釈は一般法律行為の解釈と同様にそこに使用されている文字のみに拘泥することなく、その文字とともにその解釈の資料となる一切の事情をも参酌してもって当事者の真意を探究してこれを解釈すべきものであることは多言を要しない。以上の見地にたって、本件における調査、審問の結果および記録に表われた一切の資料、さきに成立した遺産分割調停事件における審問の結果および同記録に表われた一切の資料を検討すれば次のとおり認められる。(但し、申立人等および参考人竹田輝幸の供述の各一部は措信できないから認定の資料とはしない。)

(一)、建具、畳、家具、什器、農機具について

建具ないし什器は相手方国光の妻タキが生前贈与をうけた建物に備えつけられた戸、障子や畳および日常生活に使用される家具類と来客用の食器類、寝具類を指し、農機具はモミを入れる箱その他の農業用の道具類(但し、精米機と発動機およびその他大半の機械機具は相手方国光が購入した同人固有の財産であって遺産には属しない)を指すことが認められるところ、これらの動産類が果して申立人等のいうようにさきの調停の際実質的に脱落したものであるかどうかについて調べてみるに、さきの事件の申立書には「調停申立に当り綿密なる調査をなしたところ意外にも贈与の多いことが分った……」と書かれ財産目録が多数添付してあって、そのうち総財産時価見積概算表の中には贈与財産として「家財及び農機具約五〇万円」と記載されていてこれらは上記動産類を指すことが明らかである。このことは、本件申立の動産はさきの調停の際に話し合っているという竹田輝幸の供述や、同人はさきに竹田玲子の法定代理人として遺産分割の申立をし、本件申立も又実質的には同人の申立であって申立人福善や玲子の真意に出たものではないと見られる(このことは福善名義、玲子名義、輝幸名義の申立書やその他の書面を比較対照してみると自から明らかである)ことから窺い知るに十分である。しかして、これらの動産類は前回調停の際すでにその存在が判明していたものであることはもとより、所謂本家として被相続人の跡をついでいる相手方国光又はその妻タキに贈与されたものとして関係者がすべて納得し調停案を示す際にもこれらのことを前提とし、その上で調停の成立したことが認められる。事実相手方国光は昭和六年被相続人方へ婿養子に入ってその五女タキと婚姻して農業に従事し、昭和一一年頃から農業技術員や農業会の技師となり戦後は役場の書記や農業調整委員などを経て現在は経済課長の職にあるが、公務の傍ら農業に従事してきたのに対して被相続人は四〇歳頃から七三歳頃まで町会議員を始めとして多くの公職についていたため農業には従事しなかったのであって、昭和二五、六年頃相手方国光が被相続人から宅地二五八坪を、妻タキが地上建物一六二坪を贈与されたのであるからその際又はその後に本家としての公私の生活に必要な動産類殊に家具、什器、備品や農機具は、畳、建具が家に附随すると同じように、国光又はタキに贈与されたであろうことは極めて自然のことであったといわなければならない。このことは前回調停の際関係者は不動産の分割についてのみ注目して動産類の処置についてはなんらの疑を挾まなかったことや、申立人等を含めた関係者が調停成立によって「一切が済んだ」と考えていたことによっても窺い知られるところであって、調停調書中に「遺留分侵害による贈与滅殺の請求をしないこと」「国光は福善に対して金五万円を支払うこと」などが定められているのも以上の趣旨を裏付けるものとみることができるであろう。

(二)、衣類について

被相続人は昭和二九年七九歳の高齡で死亡したのであるから死亡当時財産的価値のある衣類が多数存在したとも思われず、さきの調停の際関係者は遺産としての衣類には殆んど関心を示さず、本家である相手方国光夫婦がこれを取得するものとして不動産中心に分割の調停が進められ異議なく調停が成立したことが認められる。このことは、前段認定の諸事情の外、結果的にはその効力が認められなかったけれども遺産分割協議書や遺言書に動産全部をタキが取得するように記載されていることも、当事者の合理的意思を推測する一つの事情として理解することができるであろう。

(三)、株券について

株券は北海道電力株式会社の株券六枚を指すことが認められるところ、この株券は(一)の動産と同じように総財産時価見積概算表の中に贈与財産として「有価証券約二〇万円」と記載されているものを指すことが明らかである。してみれば動産の場合又は衣類の場合と全く同じ理由によって相手方国光が取得するものとして調停が成立したことが認められる。

(四)、和牛について

和牛が被相続人死亡当時存在したことは事実であるけれどもこれをもって直ちに遺産と断ずることはできず、相手方国光のいうように同人の買い求めた固有の財産であると認められるから分割の対象ではないといわなければならない。

(五)、石材について

これは倉庫の土台石として被相続人が集めたものであるが、昭和二三年一一月二五日竹田武久に贈与したものであることが認められるから分割の対象とすべきものではない。

(六)、未払代金について

申立人等は被相続人が国光、隆治、タキ、治男、正則等に不動産を売り渡しその未払代金が残っているからそれが分割の対象となるというのであるが、申立人等の主張する売渡不動産というのはさきの遺産分割調停事件の申立書に添付されている贈与不動産一覧表に記載されている不動産に含まれていることが明らかであって、これらはさきの調停の際相続分の具体的算定、調停案の作成に際して十分考慮されたことが認められる。すなわち、親族間において真実売買が行われその代金が支払われるということは特段の事情がある場合に限られ、登記簿上売買名義であっても真実は贈与である場合が多いことに鑑み、又相続人の一人が他人の名義で取得してその登記をしていたり、或いは又相続人等の固有財産のように登記されていても実は被相続人が相続人の名義で取得した実質上遺産に属するものもあったりして複雑な内容をもっていたので、調停案の作成に当っては一部売買、一部贈与として具体的相続分を仮定的に算定して関係者間の公平をはかったこと、そして一部を売買として取り扱った際の未払代金は未払のままこれをもはや決済する必要のないものとして処理したことが認められるのである。このことは、さきにも説明したとおり、遺留分滅殺の請求をしないことの条項や五万円を支払うことの条項が存在し、調停によって「一切が済んだ」と考えられていたことから窺い知るに十分である。

(七)、不動産の共有持分について

この不動産はさきの調停の際の遺産の目録に存在しなかったのみならず関係者のすべてがその処理に気付いていなかったものであって一見遺産に属するように考えられる。しかしながら、この不動産(山林)は竹田家四軒(土地台帳に竹田惣左衛門とあるのは相手方国光の祖父である)の共同の氏神を祭った祠のある場所であって面積も僅か三七坪で小高い山状をなしており以前から竹田家四軒の共有とされてきたものであることが認められる。してみれば、これは所謂祭祀財産に属するものとして遺産分割の対象から除かれるべき性質のものであって法の定めるところに従ってその承継者が決まる筋合であり、本件においては結局その他の祭祀財産を承継している相手方国光が持分四分の一を承継すべきものである。申立人福善は横浜市に居住する化粧品会社の外交員であり、同玲子は宮崎県に居住する主婦であってみれば同人等がこのような財産の分割を求めることは極めて不当なことといわなければならない。

なお、ここで申立人玲子の申立について説明を加えておくことがある。すなわち、同人については昭和三四年九月一一日付で申立人福善から「遺産分割調停申立人追加申請書」と題する書面が提出されたのみであって玲子自らの申立がなされていないのである。この書面を代理人の申立とみるにしてもいささか疑問があるけれども、従来手続面において玲子を申立人として取り扱ってきた経過に鑑み適法な申立があったものとみることとするが、さきに成立した調停調書第三項についてはこれを「申立人(この場合は玲子を指す)及び相手方(但し、福善と国光を除く)は持分権を放棄する」と読むのが文理上も正しく他の条項との比較対照からも合理的である。すなわち、遺産であった同調書第一目録、第二目録記載の不動産はそれぞれ福善と国光が取得し、玲子は第三目録記載の不動産の所有権の確認をうけることをもって満足し遺留分滅殺の請求をしないことを約したのであって、結局なんらの遺産をも取得しなかったからである。そうだとすれば、玲子はもともと本件申立の適格を欠いているといわなければならない。

以上の次第で、本件申立は理由がないからこれを却下することとして主文のとおり審判する。

(家事審判官 土屋一英)

別紙(編略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例